PHOTOGRAPHS BY SHINA PENG


自分自身のカテゴリーを作ってしまえば、誰とも競うことなく、自分の指針でものづくりができるのではないか。Kido Mafon は3歳のころノースキャロライナ州に移住、12歳で帰国し、現在上智大学の3年生だ。今21歳の彼女からは柵や「こうあるべき」と言う概念から自身を放り出した解放感を感じる。彼女の腕には様々なキャラクターのタトゥーがところ狭しと住み込んでいる。本人曰く、両親から自己主張の激しい12個の刺青を隠す事、そしてカルチャーマガジン Hypebeastの記事のコンテンツを考えるために脳が常にフル稼働状態だそう。小柄、色白そして上智大生という王道な要素にポップな刺青を入れている彼女は異色な存在感を放っている。自己表現として刺青を入れると言う概念が浸透していなく、刺青=タブーというイメージが断ち切られていない日本では尚更だ。隣国の韓国や台湾などではファッションタトゥーなどが流行しているが日本では未だ不良、社会不適合、そしてドロップアウトのバッジとさえされている。この証が彼女の腕からありありとのぞいているにも関わらず、彼女自身は学業面においても就職面においても十二分に申し分のない結果を叩き出し続け、時折あどけなさが覗く愛らしい笑顔を浮かべる。この調律できそうで、できない不協和音がなんとも人を惹きつける要素の一つなのかもしれない。
12歳の時アメリカから日本に引っ越した、彼女は当時苦い思いをしたそうだ。協調性を重んじる文化の中で、独自の感性が色濃い彼女はまさにクレヨンの黒くん感状態だった。帰国して10年経とうとする今でさえ「一人でいる事=孤立していると直接的につなげてしまう社会に生きにくさを感じることが時折ある。」と語っている。彼女は元来、言いつけを守らず、王道の道から180度ずれたことをしたくなる節があった模様。昔から初対面でも二言目には「一体なにもの?」と聞かれる事が多いんだ、と笑いながら教えてくれた。彼女曰く意図的に普通とされる道から外れているわけではなく、直感に先導されながら突き進んでいった先にはこの景色が あった そう。それが自分の中での当たり前となった今、自分がザ・女子大生との中で浮いた存在である事に安心感さえ感じ始めてきたとか。大学は、勉強するため、自分の価値向上のために通っている、とハッキリ割り切っている部分に関しては巷の大学生と比べれば古風な真面目ささえ伺える。そんな彼女も時折、周りから良くも悪くも目立つ事に寂しさを覚える事があるけれど、「実は皆、自分が世界にはまりきれていないという不安を大なり小なり抱えているんじゃないかな、って思ってる、」と明るく語った。ギャップだらけの彼女には屈託のない、掴みづらさを感じる。

PHOTOGRAPH BY KIDO MAFON
Kido Mafon の作品は一言で言うと「いたずら」だ。使用する機材や、主となるスタイルに、こだわりを持つアーティストが多くいる中で、彼女は極端に柔軟である。フィルムカメラで写真を撮るときもあれば、壊れたスマホで友達を隠し撮りしている様子も多々見かける。最近の彼女のお気に入りは、一家のテレビ台に一つは眠っているであろう薄型のLUMIXだ。彼女の被写対象は人間であったり、物であったり、風景であったりとばらつきが見られるし、作品という広い観点からすると抽象的な絵から、グラフィティまで振り幅が計り知れない。一見統一性がなく、不規則に感じられるものの、切り取ってみると、ピクセル同士の境界線がはっきりとした画質に、古い映画館で投影されるような抑えめの色味、その中で目を引く蛍光色が所々主張している ― この独特な しけった 室温感がいわばKido Mafon 要素である。最初はモデルとセットを用いた、俗に言う‘撮影現場’での創作が多かったものの、時が経つにつれ、日常の一瞬を映像の中につなぎとめる事に興味が移ろった。最近の彼女の作品には東京の街の隅っこに座り込んで、仲間とのんびり息抜きしている瞬間をおさめたものが目立つ。がちがちの写真撮影感よりも、ふとした一瞬が止まった様な写真の方が正直で、心臓が動いているように思えて愛おしく感じるそうだ。だが、面白い事に Kido Mafon は自身の作品に対して刹那的な愛おしさは感じても、センチメンタルな愛着は感じない。写真を撮る際、その瞬間にしかない色合いや、めぼしい構図があった時に、その空気感を静止画に収めたいと言う血が騒いでも、思い出を保存する手段とは感じていない。感情を深掘りしてその表現として作品を用いるタイプというより、箱に囚われず、気分と直感に身を任せて創作するタイプのクリエイターである。

PHOTOGRAPH BY KIDO MAFON

PHOTOGRAPH BY KIDO MAFON
東京の街中で、Kido Mafon はまさに水を得た魚の様だ。日本社会という大きな括りの中ではミネストローネの表面油の様な彼女も、トーキョーという独特な世界の中では、その空間の住民というより、その空気の一部という表現の方が腑に落ちる。真夜中の渋谷のネオンサイン、おばあちゃんの押入れの匂いがする吉祥寺の古着屋、中目黒の忘れられかけた、バー。彼女は東京ありとあらゆる要素に刺激されながら、生意気に創作の背景として使っていく。Kido Mafonは、東京の淀んだ空気の中で本当に気持ちよさそうに息をする。
今まで創作したものの中で、一番気に入っているのは back scene と命名した写真だそう。洋服ブランド・New Riot Terror のアイコニックなTシャツを着た友達が薄汚い駐車場を背景に戯れている写真である。この写真がブランドのインスタグラムに掲載されたことなどもあり、思い入れがある様だ。また、これを機にファッション、写真、アートを融合した作品を活かしたキャリアに可能性を感じているそう。

彼女の服装はとりあえず態度がでかい。おしゃべりで、忙しなく、尖っている ー そんなファッションに決して埋もれず、飼いならしているKido Mafon 自身のオーラはたまげものだ。
大胆で、いたずらで、衝動的。彼女のタトゥーはどれをとってもいかにも彼女らしい。場所柄、一番よく目に留まるのは胸元に入っているメラメラと燃えているFearという文字だろう。彼女が最も恐れるものは恐怖自体なのだそう。「恐怖に苛まれた状態では、自分のベストを尽くせないどころか、自分が本質的に進みたい方向が見えなくなる。だからこそ、自分が一番目に入るところに、物理的にその文字を燃やすデザインを入れる事に決めた」と語った側から、茶目っけが覗く笑顔を浮かべながら「でも、実は今一番怖いのはお母さんにタトゥーがバレる事なの」と言ってのける。その他のタトゥーもかなり突飛なものが目立つ。例えば、電信柱の張り紙にひとめぼれして入れた、目を真っ赤にしたLoony Tunes のうさぎちゃんだったり、英語でshe is art ― 「彼女が芸術だ」だったり。実はどれにも、これと言った意味はなくビジュアル重視で、気分と衝動に身を任せた決断だったそう。


Kido Mafonに「もし世界中の作品が全て焼失してしまうとして3点だけ救済できれば、どの3点を選ぶ?」という愚問をぶつけてみた。一つ目は空山基氏の Sexy Robot series、Hugo Comte の写真集、そして T-REXのLost Angels seriesを救う、と答えた。彼女は作品を好きになる時、本能的に、全力で惚れ込むそう。Kido Mafonは特に、Hugo Comte の写真の本質的と波長が面白いほど合うそうで、作品でだけではなく創作理念も尊敬している。「彼は、デジタル作品のとても面白い使い方をする。当たり前な、ありきたりな使い方じゃなくて、それこそがデジタルの醍醐味だ!という要素をしっかり引き出しながら撮影に挑んでいると思う。それと、彼はトレンドに左右されず、ただまっすぐ己の表現を極める事に全エネルギーを注いでいる。ここもまた、激アツポイント。」と興奮気味に教えてくれた。T-REXのに関しては、作品が好きすぎて“親にバレたらマズイの体に彫るコレクション”に加えてしまったそう。いかにも彼女らしい。例え、永久的に効果を発揮する判断だとしても、その時にしたいと思えば、思い立っている途中に初めるタイプだ。後悔することはないのか、と問われても、彼女は瞬きもせずに「ない」と即答した。「私は今を生きるし、したい事に向けて突っ走る。行動の責任はとるけれど、決して過去の行動に負い目は感じない。」



最後に、あなたの作品を通して何を伝えたいかを問うてみたところ、この様な答えがかえってきた ― 「今を楽しんで。明日は絶対今日とは違うんだから。今一緒にいる人、友達、永久に思えても、いろいろなことがあるんだから。大好きな人たちとずっと居られるとは限らない。だからこそ、小さい事に幸せを感じながら生きていきたい。」
もしかして、アートとは立派なストーリー性を持った緻密で複雑なものでも、壮大な社会的意義を抱えている必要がないのかもしれない。今の自分を、今の自分が表現した。たったそれだけでも十二分なのかも知れない。Kido Mafonの、「現在の彼女」を映し出し、保存し続けるタイムスタンプの様な作品たちがそう、うったえている。
彼女は、他人より本能的な息の しかた をする。