実はミケル・コー、もとは熱血サッカー少年だった。音楽はまったくと言って良いほど彼の眼中になかっ た。高校時代の頃、ミケルを音楽の道に後押ししたのはの英語の先生だったそう。もし彼がいな ければ、私たちリスナーはGoneやBleuおろか、ミケル・コーにさえ出会えなかったことだろう。
彼の音楽は英語、日本語、そして中国語の歌詞で彩られたR&B、ポップ、ヒップホップが混在して いる。前文の読点の多さが物語っている通り、彼はどんだ栄養満点ミックスジュースだ。最初に音 楽を作り始めたのは高校の頃だったが、当初は音楽を創っていることさえ隠していたそう ー 共有 されることを目的とした曲づくりではなく、自身と向き合うための曲づくりであった。その頃か ら彼はフランク・オーシャンの、全てをあけっぴろげにせずともスベテが毅然と曲内に漂ってい る伝え方に影響を受けているそう。ミケル自身の曲の中にも、一見甘酸っぱい恋唄に聞こえなが らメンタルヘルス、ワーキングカルチャー、差別など複雑なテーマがひっそりと織りなされてい る。あくまでひっそりと ー 決して音楽がテーマに乗っ取られてしまわない様に。「僕の音楽には、話しづらいテーマがたくさん埋め込まれている。話しづらいけれど、大切なことなんだ。皆 が聴き込んでくれるにつれて少しずつ滲み出て人々の心に触れられればと思ってる。」
ミケルは18歳の時にサッカーの強豪校に入学するために、日本に拠点を動かした。その頃を振り 返ると、自身に課したプレッシャーに加え、親の期待や、コーチの視線が思い出されるそう。 2018年の中盤にこれまで没頭していたサッカーをすっぱり辞め、2019年の頭に初シングルShyを リリースしたスピード感には思わず目をむいてしまう。それまではアスリートという肩書に固執し ていたところもあったのか、なかなか自身の音楽活動を公開する気にならなかった様だが韓国を 拠点に活動しているアーティスト、OmegaSapien に促され音楽という道に絞ってみようと思った 様子。タイミングとは恐ろしいもので、ちょうど今までの経歴という殻が崩れ始めた頃に、 KRICKと出会ったのだ。KRICKは、ミケルのプロデューサーでありながら、相棒、友達、そして ほとんどルームメイトの様な、彼にとってまさにかけがえの無い存在である。二人のスタイルとし て、ミケルが大まかな方向性を定めた上で、KRICKがそれに対するビートをとって、その上にミケ ルが歌詞をかぶせて二人でキャッチボールをする様に磨き、微調整を続けるという。無論、意見 のぶつかり合いは絶えないそうだが、それだけお互い拘っているという信用があるからこそ音楽 が巻き添えを喰らっていない。心おきなくぶつかれる相棒の大切さは大人になるにつれ身に沁みるものであろう。
Shy and Be Mine — ミケルに言わせれば「ちょっと幼くて、こっぱずかしい」駆け出しの楽曲から大きく路線変更したのが Body Talk という楽曲だ。ヒップホップの新しいを開拓してるトロントに影 響を受けた、いかにもイカした若者がたむろすバーでかかっていそうな大人っぽい作品だ。Body TalkはミケルがFRIENDSHIPというレーベルに所属して初めてリリースした曲だ。FRIENDSHIP は音楽の最先端を行くアーティストのデジタル・リリースなど、より多くのリスナーに所属アー ティストの音楽を届ける力添えをすることを目的としている。このレーベルのもと、次に Princess をリリースした。Princess は彼の、どの楽曲よりもシンプルだ。あらゆる意味で最低限以外が削ぎ落とされおり、彼にとって初めての試みであった。トラック自体、初めてミケル自身がミックス したもので、とても本質的だ。MVに関しては、彼のいとこが地元のゲーセンで携帯を使って撮影 して、それをアプリ上で編集し、ループしたものだ。この曲についてミケルは「もちろんこの曲は 気に入ってるよ。でもせいぜい5000回再生行くかな?ってぐらいで。とてもじゃないけど、13万回再生なんて、ここまでいろんな人に聞いてもらえるとは夢にも思わなかった」と語っている。無事レーベルに所属し、ストリーミング回数が伸びていることは嬉しい反面、いかんせん緊張することが増えたそうだ。彼の音楽が、より多くの人に影響を与える立場となった責任感や常に良い作品をリリースするプレッシャーと背中合わせだ。実は、今年の初旬にEPをリリースする予定だったところギリギリのところで踏みとどまったそう。少しずつ注目を浴びることによって自分が求められているスタンダードが確実に上がっていることを敏感に感じ取り、そのEPでは不十分だと判断したのだ。実際、そのEPで発信される予定だった曲目のうちほんの2曲しか公開 されていない。
ミケルによると、彼の創作スピードは0か100の両極端なんだそう。早い時は、ものの数時間だ が、そうで無い場合数週間はかかるそう。今年リリースされた、Time, は圧倒的に前者だった。 KRICKがいつものごとくミケルの部屋に入り浸っていたある日、Solgasa のメンバーWez Atlas が 終電を逃して転がり込んだ。アーティストが7畳間に3人も集まると、自然と「おっ、なんか創るか!」という波長にのめり込むそうだ。そして、この曲はそのトキ、そのキブンにうまく乗って出 来上がった。Solgasaとは、東京を拠点に活動するミュージック・グループで、メンバーはMichel, Tommi, Wez そして VivaOlaの4名だ。この4人は各自音 楽活動をしているものの、お互いを感情的な部分で支え合い、技術面でも補い合う。技術面で言うと、この4人は一人一人、ギターやキーボードなどの得意分野がある。自身のスキルを惜しみな くメンバーの音楽に貢献しあっている。各メンバーの強みやスピード感などを理解しているからこ そスムーズにコラボできるのであろう。その他にも、リリース前の曲を互いに共有しながらフィー ドバックをしあったりもする。最初は遠慮がちだったのも、今となってはフランクに議論を飛ば しあっているそう。エモーションの部分でミケルがSolgasaに受けている影響は計り知れない。皆 同年代ということもあって、お互い刺激しあい、切磋琢磨しながらも心を支え合っている。ミケ ルははっきりと、お互い友達じゃなければSolgasaは存在さえしないと断言している。荒波が多い 音楽業界の中で生き抜く上で彼らの様な同士がいることは、時にライフラインとなり得るのかもしれない。
ミケルがの最新リリースの中に Back to the Future (1999),というものがある。表向き、こ の曲のテーマは、初々しい恋を題材としているそう。だが、根底にあるのは人間臭い、いろっぽさを持ち合わせたテーマだ。実は、この曲は親の目線から描かれている。「夫婦が最も愛に満ち ているのは、子供が生まれた瞬間なんじゃないかって、思う事が多々あって。このお腹いっぱい でハジけそうな幸福感と、家族に対する使命感と、これさえあれば何もいらない感が混ざり合う 気持ち。」この曲の中では、この愛に満ち溢れたその瞬間に戻りたいと切望する夫婦のカタワレ の心を捕まえているそう。やはりこの曲のインスピレーションは彼の家族の様だ。「自粛期間中帰国してたんですけど、今後家族とこんなにも一緒に時間を過ごすことはないだろう、と思えるぐらい 一緒にいて。ふと、僕が1999年に生まれた頃両親はどんなに夫婦愛に満ち溢れていたのだろう」 という世界観からこの曲を広げたそう。
この秋、自身初のEPがリリースされる。そのタイトル、Bleu 「ブルー」だ。「僕の音楽はアオイ ロなんだ。聞いた時に、真っ先に浮ぶ気持ちが、あお色。MVも青を基調としたものが多いし、僕 の音楽の基盤となっているのは常にR&B、リズム&ブルースだ。だから、このタイトルに惹かれたんだ。」ミケルはこのアルバムを通して、じぶん色を手にとってもらえたら、と望んでいる。
ラブソングが多いんですね — そう伝えると、彼は「愛は僕たち人間が一番馴染み深い感情だから ね」と微笑んだ。恋人、家族、友達、趣味、生きがい。私たちの日常を取り巻く彩り、全ての根 底にあるのが、結局は愛なんだ。彼は、その時々の感情をひっぱって、それに対して芸術的妥協 を施す。芸術的妥協とは、ドラマチックな演出や、ちょっとした脚色、所々をいじって、ひねるこ と。例えば Diamonds in the Skyはどうしても眠れなくて、とうとう 6:00am になってしまった時にふと、ひらめいて作った曲だ。一番最初の “Sleepless nights and I’ve been thinking bout you every single night”(最近君のことばかり考えていて、さっぱり眠れないや)という歌詞は、想い人を連想させている。だが、ミケルが実際に睡眠不足だった理由は自分の将来に対する不安などが募っ たせいだった。「不安で、いろいろ考えすぎちゃって、実際に眠れなかったんだよ」と、笑いな がら教えてくれた。彼の音楽は常に正直だけれど、彼の芸術的なビジョンに対して忠実である。な んとも幸せな妥協点をどうやって、こんなにも若くして見つけることができたのだろう。
インタビューの途中でアジア圏のメディアの話が持ち上がったー
人間で溢れかえってるテレビの世界は人間味を少しずつ取り戻してきている。だが、相変わら ず、 健康的とはいえずとも”理想体型”のモデルや、芸能人のあたかも完璧な人生が画面にごった返 している。私たちの理想で出来上がった偽物の世界が、私たちの日常にテレビやSNSを通してあ たかも現実の様に映し出されている。メンタルヘルスに関するタブーや人権、プライバシーの無視 など問題は山積みだ。確かに、数十年前の映画を見た時に、人種差別や性差別など「当時これが 受け入れられていた事が信じられない!」と思う事が多々ある。だが、私たちが感じるこのズレ こそが、社会がその数十年かけてした進歩の幅なのであろう。この進歩を信じて、より互いの色を尊重しあえる社会になってほしいとミケルは切望している。その上で、彼自身の曲が “話すこと を躊躇われる大切な課題” について口を開くキッカケになれれば、と思いながら作曲しているそう。
人々から脚光を浴びる事と、正直にじぶん色を表現することは排他的であるべきなのか。例え ば、芸能人は個人の政治的意見や、自身のメンタルヘルスや私生活、関心のある社会課題及などについて公に言及することは許されるべきなのであろうか。アメリカを例にとると、セレブは恋人を公言し、選挙が見えてくるとある党に対して投票を促し、うつ病や薬物依存についてカミングアウトすることも少なくはない。無論、それによってファンの増減は多少あるものの、アジア圏 よりも正直に自身をさらけ出すことを社会が許容している。「特にアジア系の芸能人は、ファンが聞きたいことしか口にしないことを徹底している。もちろん、それが成功する上で必要な要素 だということも十二分に理解できる。でも僕自身そうするべきなのかは、決めかねている。多 分、自分の中でバランスを探しているんだと思う。」彼自身、いいね!数に一喜一憂し、携帯が 鳴るたびに、心が乱れることもあるそうだ。皆が携帯で無許可に他人を撮影でき、パパラッチも相変わらず活発で、SNS上ではものの数秒で情報が拡散されてしまう21世紀において、人々の注 目を浴びるということはこれまでにない覚悟が必要となっている。
ミケルは「今は社会の、世間のルールに則って活動しているけれど、将来的には自分自身の新し いルールブックを作るつもりだなんだ」と、宣言している。彼は自身のいろを消してしまわずに、 互いを受容しあえる、寛大で人間味が許される世の中を切に望んでいる。