PHOTOGRAPHS BY SHINA PENG

「一番の自信作は、どこにも載せてないんだ。」
「え?」
「そう。超自信作が6・7曲あるんだけど、まだ載せるつもりないんだ。」
三人兄弟の末っ子として東京に生まれ、その後チューリッヒ、上海、神戸、バーレーン、モスクワ、トロント、そして京都と都市を転々とした。今まで住んだ経験のある都市だけで、まるでロレツがまわらない。小学生時代を神戸で過ごし、その間に音楽に目覚めたそう。目覚めたと言っても、当初はノートの切れ端の落書きを音楽にのせる程度の飛ばし読みだったそう。その後、音楽に対する興味が薄れることはなかったが、俗に言うフツウの進路を選択し、心理学と生物学を専攻するべくトロント大学に進学した。
当時を振り返りながら、いともさっぱりと「うん、当時はいろいろしくじったな。間違いばっかりやらかしたよ。」と言い切った。色々な責任をほっぽって、若さという名の無敵感に身をまかせていたそう。大事な人々を傷つけ、自分に嘘をつき続け、そんな自分に対する嫌気が積もっていく一方だった。自分の弱さを噛みしめたからこそ、ある時を機に自分を省みることに没頭した。それを経て、ようやく自分の中から音楽を再掘したのだから ー
彼は挫折と再生を重ねながら、自身を見つけきたのだ。


Joel の音楽は、今のところ主にエレクトロニック・ハウス系とシンガー・ソングライター系に分かれているそう。「エレクトロニック系の作曲しているときは、どちらかと言うと、ワクワクした攻略的な気分。それに対して、アコースティック系の作曲に関しては、僕自身が心を開いている状態の中で感情が音楽を創ってる、って言うイメージがしっくりとくるかな。」自身の音楽について、どう言う言葉を連想するか、聞いてみたところ「カオス」と言う返答が返ってきた。彼の音楽は目指すところからは程遠くても、可能性を感じる、と言うところから現在まさにティーン・エイジャーなんだそう。今二手に分かれているエレクトロニック・ハウス的要素とシンガー・ソングライター的要素のあらゆる隙間に属する音楽に近づくことが彼の今後の展望の一部といえる。
現在の彼が現在創っている音楽と理想とする音楽の間にあるのは結局のところ経験と自信だと語る。インタビューを通して、Joel は自分の頭の中に流れる音楽を、納得のいく音源にすることができないことが最大のコンプレックスであると言う点に何度か触れていた。その他にも、日常的に
「自分はどんな動機で音楽を追い続けているのか?」
「果たしてこの時間は無駄なのか?」
「僕は単に衝動的なだけなのか?」
と様々な自問自答をする中、自身の音楽を通して自分と日々対話している模様だ。

‘My balls are big as fuck’ 、一度聞くとなかなか忘れられないフレーズが印象的な Impolite の創作過程はまさに紆余曲折だった。夕方6時から明朝5時まで夜通し曲と対峙し、やっと終わってセーブ、、、と。寝る前の最終確認で、再度ファイルを開けるとFILE CORRUPTEDの文字が。バックアップのファイルも開けたところ、無情にも同じ字列が叩きつけられた。後日、記憶を元に同じ曲を再構築しようと試みたものの、結局「同じ様な」止まりだ。今の Impolite の在り方に不満があるわけではないが、刺激的な歌詞自体はむしゃくしゃした気分の産物だそう。
Sitting on a Wave は4年前にリリースされたにも関わらず、そのうち3年はプライベート閲覧設定になっていた。ウクレレを基調としたトラックで、禁断とされている愛が再燃する様子を題材としている。
If love is contraband, then I ain’t no snitch.
もしその愛が禁制品だったとしたら、僕は密告者には絶対にならない
Keep it tucked away lest their prying eyes succeed.
彼らの目に触れぬ様 隠してしまえ ー
「愛は複雑で、自分の心に秘めてもいいし、共有してもいいと思う。でも。僕は決してそれを人から奪いたくないんだ。」彼は、もし今この曲の作詞をしていたら、「彼らの目に触れぬ様 隠してしまえ」の部分をきっと違う歌詞にしていたと言う。ここ数年で、彼の愛に対する概念が確実に変わっているのだ。今のJoelにとっての愛は、伸び伸びとしているべきものになった。人目を気にせず体温を分け合えるからこそ、相手の心拍を直に感じられるからこそ、二人で自由を手にする事ができる。この発想の転換は、多くの愛の形に対して寛容になり始めている社会的な流れの現れなのかもしれない。どんな形であれ、愛は結局、愛なのだ。


Joel は音楽とにらめっこしていない時は、大概色々な考えに耽っている様 ー
自分が世界の中でどの様な立ち位置にいるのか。
どうして僕は音楽を創るべきなのか。
僕は、誰の心を代弁して曲を創るべきなのか。
僕の曲は個人主義であるべきなのか、集団主義であるべきなのか。

彼の音楽を追いかける上でのシアワセは、朝4時に急に閃いたときの、全身を巡る血のスピードが上がった様な高揚感。音と言葉が意思疎通する瞬間。「僕はただ、ただそれを求めてるんだ。」もう一つは、自分の作品を共有する時。「必然的に緊張感も混ざるんだけど、しっくりくるタイミングで、しっくりきている曲を大切な人とシェアする時は何事にも変えがたい充実感でに満たされるんだ。」

Joel の音楽セレクションは数十年前でとどまっている。好きな曲について聞かれれば、スティービー・ワンダーの You are the Sunshine of my Life と言うけれど、基本あまり音楽を聞かないそう。これに関しては今後音楽活動をしていく上で、いい事なのか悪い事なのかは決めかねている様子。 常に色々な曲が自身の注目を得るために争っている様に感じてしまうそうだ。「僕は単純に嫉妬しているのかもしれない。やっぱり、どちらかと言うと色々な人の音楽を聞いている立場よりも色々な人に自分の音楽を聴いてもらえる立場になりたいからね。」今まさに音楽業界のルネッサンス、革命、と言えるほど「社会と音楽の付き合い方」が目まぐるしく進化している。Spotifyなどのストリーミングサービスは、一人ひとりのアーティストに自分を売り込み独立する力を与えている一方、音楽が消費されていくスピードは日に日に上がっている。音楽が身近になることによる、音楽の消耗品化が進んでいる、と言う見方もできる。「一瞬ではるか遠い人と連絡が取れること、自分の音楽を一人で作り上げること、ひと昔の技術じゃ到底かなわなかった。想像さえできなかった。まさに、エクスプロージョンだよね。」
冒頭にある、未公開の自信作について ー
まだ未公開なのは彼の技術が伴っていないから、だそう。コンセプト、アイデア、感情、メロディー、全てそろっているのに、それを自身が納得いく音源に落とし込む事ができていないと言う。なんとももどかしい。どうしても、その技術が身につくまでは音源化する事ができないそうだ。その時を期待して、今は待つのみだ。